1.分子エレクトロニクスの基礎概念
半導体を用いた電子デバイスでは、トップダウン方式による微細化技術の研究が精力的に進められています。この微細化が極限まで達したあと、その先の進むべき道は、まだ明らかではありませんが、有力な方向として、ナノスケールの分子を用いた分子スケールエレクトロニクスに期待が集まっています。
電子素子の構成要素として有機分子を見ると、サイズと構造がナノスケールで厳密に定義された部品であるというだけではなく、これまでのバンド構造を基本とした電子素子の枠組みを超える、魅力的な機能を備えています。単一あるいは少数の分子で構成された系では、バリスティック伝導(Ballistic conduction)、離散的な分子軌道が関与した共鳴トンネリング(Resonant tunneling)、電子強相関(Electron correlation)などが重要となります。これらの過程に振動・電子励起、分子運動・コンホメーション変化、酸化・還元などが結合して、多彩な量子的伝導物性が期待できます。
電子素子の構成要素として有機分子を見ると、サイズと構造がナノスケールで厳密に定義された部品であるというだけではなく、これまでのバンド構造を基本とした電子素子の枠組みを超える、魅力的な機能を備えています。単一あるいは少数の分子で構成された系では、バリスティック伝導(Ballistic conduction)、離散的な分子軌道が関与した共鳴トンネリング(Resonant tunneling)、電子強相関(Electron correlation)などが重要となります。これらの過程に振動・電子励起、分子運動・コンホメーション変化、酸化・還元などが結合して、多彩な量子的伝導物性が期待できます。
2.トップダウンとボトムアップの融合
単分子エレクトロニクスの実現には、トップダウン法とボトムアップ法の両面からの研究が必要です。ボトムアップ法では、数十ナノメートルの電極間距離を持つナノ電極を作製して、ナノ電極間に分子やナノパーティクルを挟み込み、電気特性を測定しています。また、DNA分子の自己組織性に着目し、その電子物性、構造をナノスケールで制御することで、分子デバイスの構築を試みています。
ボトムアップ方式により作った分子組織体をマクロスコピックな電極に結合するためには、リソグラフィーなどのトップダウンテクノロジーとの融合が必要になります。電子線描画装置やナノトランスファープリンティング法を用いた電極形成を行っています。さらに有機電界効果トランジスタ(OFET)や有機電気化学トランジスタをはじめとする有機デバイスの作製・評価を行っています。
これらの方法を駆使して作製した素子の動作状態を分子レベルで把握するためには、走査プローブ顕微鏡の技術が必要です。ナノデバイスの評価に特化した特殊な走査プローブ顕微鏡の手法開発を行っています。
我々のグループでは、分子や分子集合体の電子的特性だけではなく、これら周辺技術まで含めた研究を展開しています。
3.バイオ分子を基礎としたネットワーク型分子デバイスの構築
個々の分子の特性が現れる自己組織化型デバイスとして、DNAをはじめとするバイオ分子の自己組織的構造形成機能に着目して、ネットワーク型分子デバイスの構築を行っています。現在、自己組織化、少数分子の電子物性、電極作製方法の開発、プローブ顕微鏡による計測手法の開発など、自己組織化型分子デバイスに必要となる各要素の研究を進めています。これらを統合してデバイスプロトタイプを作成し、電子機能を発現させるのが目標です。
3-1.DNAを用いた金微粒子の配列
DNAは塩基配列を工夫することにより、特定の繰り返し間隔を持つ構造体をつくることが知られています。私たちのグループでは、DNAを利用して、金微粒子を決まった間隔で並べることを試みています。図はSeemanらの設計に従って9種類のDNAを混合して、一次元的な繰り返し周期を持つ構造体を形成したときのAFM像です。画像から得られた周期はモデル構造と良く一致します。この構造には一本鎖DNAが露出する部分が作ってあり、この部分との相補的結合を利用して、金微粒子の配列を試みています。
また、基板に規則的なステップのある表面を用いると、DNAがステップと交わるところにだけ、金微粒子が付着することを発見しました。これを利用して、金微粒子の一次元的な配列を行っています。
自己組織化現象を用いて、金微粒子をうまく並べることにより、分子デバイスを構築するためのアンカーサイト、あるいは微小電極として用いることを目指しています。
3-2.巨大ポルフィリン単分子のSPM観察
分子エレクトロニクスにおける能動素子として、ポルフィリン関連物質は大きな期待を集めています。私たちのグループでは、京都大学の大須賀グループと協力して、巨大ポルフィリン分子の電子機能に着目した研究を進めています。巨大分子はサイズの点では分子デバイスの材料として扱い易いのですが、コンホメーションの自由度が大きいので、基板表面に吸着したときに、その形を制御するのが難しいと考えられてきました。しかし、巨大分子を二次元空間である表面に置いたときには、吸着力という極めて強い力が一方向に働くので、分子構造を工夫すれば、極めて限られた構造をとることがわかりました。
3-3.電子移動蛋白シトクロムcの電子物性
ポルフィリンは電子的に優れた機能を持ちますが、デバイスとして利用するには、外部との接続をうまく行う必要があります。生体内の電子移動を担うシトクロムcでは、まわりの絶縁層の構造が決まっていますので、よく定義された単電子機能素子としての動作が期待されます。しかし、金属電極の表面上ではチトクロムc分子は、吸着力により変性してしまい、その構造を保てなくなるため、電子機能も失われてしまうことが知られていました。そこで私たちのグループでは、金属界面に有機分子の薄い自己組織化膜を形成することで、この問題を解決することに成功しました。微細加工電極、サンドイッチ型デバイス、原子間力顕微鏡のいずれの方法でも、少数あるいは単分子でシトクロムcの電子物性を計測することに成功しました。
3-4.DNA/ポルフィリン会合体
DNAは様々なイオン性複合体を形成します。酸塩基反応を利用してDNAのまわりにポルフィリンを結合した会合体では、濃度比のわずかな変化に伴って、旋光性が反転する現象をみつけました。また、この会合体について傾斜蒸着法で電気伝導度計測を行うと、電流を導くことも見出しました。光学活性を示しますので、偏光に敏感な光電気特性が期待されます。
3-5.トップコンタクト電極形成と電気伝導度計測
分子スケールエレクトロニクスを実現するには、分子に電極を接続する必要があります。これまで、分子の電気特性に関する研究ではあらかじめ作製したナノギャップ電極の上から分子溶液を滴下する実験が主流でした。しかしこの方法では分子の凝集や変形のため、再現性や信頼性に問題がありました。ナノスケール分子材料の電気伝導度を計測するためには、あらかじめ基板の上に分子を配列し、その上から電極を形成するトップコンタクトの方法が必要です。しかし、バイオや有機分子は紫外線、電子線、溶剤で痛んでしまうため、これらを使わないでナノサイズの電極を作製する方法が必要です。
3-5-1.傾斜蒸着法を用いたナノギャップ電極形成
蒸着源と基板を遠く離し、蒸着源からの熱輻射による基板加熱や蒸着源ビームの平行性を確保した蒸着を行うと、マスクパターンのエッジが極めて急峻な電極を形成することができます。このエッジを利用した傾斜蒸着を行うと、簡便に10nmレベルのスリット状のギャップを有する電極を形成できます。この方法を用いると、容易にナノレベルのギャップを有するトップコンタクト接合を形成することができるので、ナノスケールにおける分子の電気伝導性の研究に非常に便利です。DNAやポルフィリンナノロッドの電気伝導性計測を行っています。
3-5-2.ナノトランスファープリンティングによる電極作製
これまで、金電極を基板に転写するために、基板に化学修飾を行ったり、加熱を行ったりする必要がありました。しかし、これでは、分子が修飾層に覆われてしまったり、熱で壊れてしまったりと、分子デバイスに利用することができません。我々の研究室では、兵庫県立大の松井グループと共同で、剥離材を使う方法を開発し、化学修飾や加熱を一切用いないでナノトランスファープリンティングを行うことに成功しました。この方法を用いれば、紫外線や電子線なしで、分子の上から複雑な形状を持つ電極を作ることができます。また、この方法で作った接合が十分小さな接触抵抗を持つことを、ケルビンフォース顕微鏡を用いてポテンシャル画像解析から確認しました。
3-6.分子ワイヤの電気伝導
分子ワイヤは、π電子共役系(シャフト分子)であり、電極とシャフト分子のπ電子系を接続する分子(ターミナル分子)を持ち、さらに、分子の直線性を保持し、分子間でπ電子が相互作用して多数の伝導パスが出来ないようにするためシャフト分子が絶縁体(カバー分子)で被覆される必要があります。今年度は、これらの条件をプログラムした分子を設計・合成し、分子ワイヤの電気伝導性を評価しました。
シャフト分子、ターミナル分子、カバー分子として、それぞれポリフルオレン、チオールベンゼン、α―シクロデキストリンを用いました。分子の合成は鈴木カップリング反応により行い、合成した分子の重合度はNMRの結果から10であることが明らかとなりました。また、合成した分子のフェルミレベル近傍の分子軌道ででは、π電子が分子全体に広がっていることが分子軌道計算から分かりました。合成した分子をマイカ基板上に展開し原子間力顕微鏡で観察したところ、分子軌道計算で予測される分子長 (20nm)程度でした。フォトリソグラフと電子線リソグラフを用いて作製したAu/Tiナノ電極(20nm)上に分子の溶液を滴下し、交流電場を印加することで電極とターミナル分子を結合しました。電界固定した分子のI-V特性の温度依存性を真空中で測定したところ、室温では1Vで2nAの電流値が得られましたが、温度の減少とともなって電流値も減少するのが観測されました。今後、分子ワイヤの伝導機構を調べていくとともに、新しい分子ワイヤの創製と分子電界効果トランジスタの開発を行っていきます。
3-7.DNA構造体の構築
DNAは高い分子認識能を有するポリマーであります。一本鎖のDNAはそれ自身の相補鎖を探し出し、ハイブリダイゼーションにより二重螺旋構造を形成する現象は、分子認識能の一端を示すものであります。またこの特徴を利用した多様な構造体構築の研究は広くなされています。
一方DNAは物性面からも興味が持たれており、特に伝導性の研究が広く行われています。その方法には、液中から固相まで、あるいは、DNAそのものの特性から何らかの添加剤を加えた系まで、多種多様の研究がなされています。
現在、上記のような特徴を有するDNAのデバイスへの利用を目指しています。その方法としては、構造情報を担うDNA二重螺旋中に、分子認識能を有し、機能性を担う分子を内包させ、さらに一次元構造に包摂分子を整列させることで、物性・機能を発現させる試みであります。DNAの持つ高い分子認識能は二重螺旋中の塩基間の水素結合に起因します。その塩基に特異的に水素結合できる分子を用いることで、塩基―分子―塩基という水素結合による架橋構造をとらせます。それにより、DNA二重螺旋中に分子が包摂され、またDNAに固定されることで、1次元的に包摂分子が配列できると考えています。この分子を1次元的に密に並ばせることにより、分子間の相互作用から伝導度の向上等ができると考えています。
これまでに、白金―ジチオビウレット錯体がチミンを識別することを明らかにしました。また、ポリチミジル酸に上記錯体分子を用い、水溶液中での反応をトレースしたところ、分光測定により溶液中ではポリチミジル酸―錯体分子の複合体を形成していることが明らかとなりました。また融点測定からは、ポリチミジル酸―ポリアデニル酸の系に対し、比較的高い温度での融点を示すことが明らかとなりました。
3-8.両極性有機電界効果トランジスタ
有機物の持つ柔軟性、低環境性、低コストから有機半導体を用いた有機電界効果トランジスタ(OFET)の開発が活発に行われています。OFETは、p型あるいはn型のどちらかの特性しか示さない特徴を持っていますが、論理回路やレーザーなどの基本デバイスの作製には、p型とn型の両方の性質を示す両極性OFETの開発が必要になります。私達は、強誘電的なヒステリシス特性を示すシアノエチルプルラン(CyEPL)をゲート絶縁膜に用いて両極性OFETの作製に成功しました。
ゲート絶縁膜に用いたCyEPLは、1mHZ以下で図のような強誘電的なヒステリシスを示し、自発分極(P)は1.6 C/cm2、坑電界は50kV/cmでした。従って、CyEPLをゲート絶縁膜に利用すると多くの電荷を半導体層と絶縁層の界面に蓄積できます。半導体層にp型の半導体として知られる銅フタロシアニンを用いて、トップコンタクト型の素子を作製し、ポーリング処理後、トランジスタ特性を測定したところ、p型とn型のトランジスタ特性が得られました。ホール、電子の電界効果移動度は4.1x10-3cm2/Vs、3.5x10-6cm2/Vsでした。今後、両極性発現の詳細なメカニズムの解明を行うとともに、より早いスイッチング速度を持つ強誘電体を組み合わせた両極性電界トランジスタを作製していく予定です。
3-9.電気化学トランジスタ
電界効果トランジスタと同じデバイス構造を持ちますが、デバイス動作原理は従来の電界効果トランジスタとは異なる電気化学トランジスタを開発しました。電気化学トランジスタでは、半導体と固体電界質界面における半導体分子の酸化・還元反応が動作原理になります。導電性高分子は、ドーピングにより1000倍以上の電流値が増加することから、高いオン・オフ比が得られると期待されます。今年度は、固体電解質、半導体ポリマーにシアノエチルプルラン、ポリチオフェン(P3HT)を用いて電気化学トランジスタを作製し、そのデバイス特性を調べました。
SiO2基板上にAu/Ti電極(ゲート電極)をRFスパッタ法で作製し、ポリマー電解質(シアノエチルプルラン:LiBF4)、ポリチオフェンをスピンコート法により成膜しました。電解質の伝導度は10-4Scm-1でした。ソース・ドレイン電極は、金電極を用い、ソース・ドレイン電極のチャネル長・幅は、それぞれ30μm、2mnでした。ISG-VSGを測定したところ、ポリチオフェンの酸化に対応して-1V付近から電流値が増加するのが観測されました。各ゲート電圧に対してISD-VSDを測定したところ、p型FETと同じISD-VSD曲線が得られ、オン・オフ比は28でした。デバイスの交流応答をVSD=-10Vで評価したところ、50Hzのスイッチング速度を持つことが分かりました。今後、デバイス動作原理を詳細に調べて、高速スイッチングデバイスの開発を行います。
4. 分子ナノデバイスのための走査プローブ顕微鏡測定手法の開発
走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy, STM)の発明から20年以上が経過しました。STMは走査プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscopy, SPM)へと拡張され、電流、静電気力、磁気力、原子間力、化学結合力、近接場光などの物理量をナノスケールで計測できるようになりました。今や、原子・分子が見えるのは当然であり、分子一個の振動分光や超強磁場中の磁束の振る舞いまで観測可能です。ミリケルビン領域の極低温、極微小力の検出、高速SPMによる生体分子の運動観察など、極端領域への挑戦が続いています。
このように見ると、SPMを用いれば、あらゆる環境で、あらゆる物理量をナノスケールで観測可能であると思えます。それでは、近年著しく発展したナノデバイス研究において、SPMは活躍しているでしょうか?現状では、この問いに“否”と答えざるを得ません。
例えば、単電子デバイス研究を考えます。ナノサイズの量子ドットでは、個々のドットに含まれるドーパント原子数の統計的揺らぎにより、電子状態に分布が生じることから、動作特性に深刻な影響が現れます。そこで、走査トンネル顕微鏡を用いて、個々の量子ドットの状態密度測定を行いたいと考えたとします。ところが、絶縁体に囲まれた量子ドットのSTM測定は極めて難しいのです。なぜなら、STM測定では走査範囲全体で電気伝導性が必要であり、絶縁体と導体・半導体が混在した表面の走査を行うことはできないからです。
分子スケールデバイスの機能を測定するには、ナノスケールの分解能を持つ測定手法が必要です。走査トンネル顕微鏡は、単一分子を観察することができる強力な方法ですが、導体にしか適用できません。デバイス構造は、機能を持つ部分が絶縁体の上に配置され、電極に接続されてはじめて意味を持ちます。そこで、絶縁体でも走査可能な原子間力顕微鏡(AFM)をベースとした新しい測定方法の開発を行っています。
4-1.点接触電流画像化原子間力顕微鏡
(Point-contact Current-Imaging Atomic Force Microscopy, PCI-AFM) PCI-AFMは試料と探針のダメージを少なくし、高い分解能と充分な電気的接触を両立して、トポグラフと電流画像を取得する方法です。図の模式図のように、タッピングモード測定と、ポイントコンタクト測定をダイナミックに組み合わせることで実現しました。このPCI-AFMをDNAネットワーク試料に対して適用して、DNAの電気伝導性の測定を試みました。湿度15%程度の乾燥した状態では、電流画像には何も観測されませんでした。従ってDNAネットワークには、検出可能な電流下限値(約5pA)を超える電流は流れないことがわかりました。ところが、湿度60%で測定すると、トポグラフ中のDNAネットワークに対応するところで、電流画像も明るく観察されました。この電流が流れるメカニズムとして、DNAに吸着した水分子層の電気二重層への充放電や、プロトン伝導など、いくつかの可能性が考えられます。この測定から、PCI-AFMは、ナノスケール構造における電気化学的な振る舞いも明らかにできると期待されます。今後、ナノ分子デバイス、ナノバイオデバイスへの応用を行っていく予定です。
4-2.絶縁体上ナノ構造の電荷状態計測法
デバイスは言うまでもなく、絶縁体基板上に形成されます。ナノデバイスでは、絶縁体上に配置されたナノ構造の電気的ポテンシャルが重要ですが、これまでのポテンシャル測定手法では、下地が導体である必要がありました。私たちのグループでは、絶縁体上でも、意味あるポテンシャル測定が可能であることをはじめて明らかにしました。
4-3.多探針SPMの開発
ナノサイズの局所構造に複数の針を接触して、電気的特性を計ることのできる、超高真空多探針走査プローブ顕微鏡の開発を行っています。位置決めのために、多探針SPMに電子顕微鏡を組み合わせるのが一般的ですが、電子線に耐えない有機分子系に適用できるように、高倍率の光学顕微鏡を組み合わせた装置を開発しています。高い倍率を有する光学顕微鏡では、対物レンズと試料の間の距離を近づける必要があります。可動窓が真空チャンバーの中へ大きく張り出し、試料ギリギリまで接近可能な特殊な真空チャンバーを開発しています。この多探針SPMにこれまで開発してきた、さまざまなナノデバイス用SPM技術を組み合わせて装置を構成する計画です。

